バランス・スコアカードの概念的検討―「4つの視点」間関係を中心に―
(関東学院大学『経済系』第232集 2007年7月 46-64頁)
はじめに
1992年にRobert S.KaplanとDavid P.Nortonによりバランス・スコァカード(Balanced Scorecard;BSC)と言われる手法が提唱されてから15年が経過した。以来,欧米だけでなく,日本企業においてもバランス・スコアカードは好意的に受け止められ,バランス・スコアカードに関連する書籍の出版も多く,企業への導入もすすんでいる。
バランス・スコアカードは当初,財務・会計偏重型の管理(リモートコントロール管理)がもたらす諸々の弊害を克服すべ<提唱された手法である。提唱者によれば,財務・会計偏重型管理は次のような問題をもたらすとされた。すなわち,「短期的利益と長期的利益の不均衡」,「戦略立案と戦略実行(業務遂行)の不均衡」,「利害関係者(ステークホルダー)間の不均衡)」である。
バランス・スコアカードは財務・会計指標だけでなく,顧客満足度や業務効率,従業員訓練,環境への負荷,等々に関連する非財務・会計の諸指標を明示的・体系的にスコアカードとして表示し,全体的な調和・均衡を図ることにより,上述の諸問題の克服を図ろうとするものである。Kaplan and Nortonは調和・均衡させるべき視点として,「財務(financial)」,「顧客(customer)」,「内部プロセス(internal process)」,「学習と成長(learning and growth)」の4つを指摘した。
その後,これら調整・均衡させるべき4つの視点のあいだには実は因果関係があるとされ,「学習と成長」から「内部プロセス」,「顧客」,「財務」へと連なる原因と結果の関係(因果関係)でとらえることができれば,企業戦略をのぞましい方法で実現にみちびく「戦略マップ(strategy map)」となる,ということが主張されるようになった。これを主張したのも同じくKaplan and Nortonである。
当初バランス・スコアカードでは調整・均衡させるべき諸要素のあいだに,対立関係があることが前提されていた。財務・会計偏重型の管理がもたらした諸問題は,過度に短期的な会計業績を重視することによる,顧客にたいする欺瞞や従業員・組織にたいする過度の負荷,会計数値の操作などが長期的な企業成長を阻害することにあった。会計指標だけでなく,顧客満足や従業員成長,組織学習を代表する指標(非財務・会計指標)を併せて注視することにより,調整・均衡を図り,長期的成長を実現することがバランス・スコアカード主張の根拠であった。
それが「戦略マップ」の提唱とともに,これら諸要素(視点)が「因果関係」で結びつくとは,どういうことなのであろうか。「対立関係」をそのまま「因果関係」と読み替えることは,いかにして可能となったのであろうか。ある論者は,これはバランス・スコアカードの「業績評価システム」から「戦略マネジメント・システム」への進化であるという。しかしながらそこにみられるのは断絶であり,進化や発展というよりはパラダイム転換と表現するほうが適切であるように思われる。
本論文では,バランス・スコアカード当初の目的とそこで考えられた諸要素(視点)間の関係と,その後戦略策定ツールである戦略マップとして整理されたさいの諸要素間の関係について整理することからはじめ,バランス・スコアカードにみられる概念的な混乱について検討し,その整理を試みることとしたい。
おわりに
本稿ではKaplan and Nortonの研究成果に依拠しながら,バランス・スコアカードとりわけそこにみられる4つの視点間の関係を中心に概念的な検討をくわえた。バランス・スコアカードは当初,「財務」「顧客」「内部プロセス」「学習と成長」の4つの視点を設け,過度の財務・会計偏重型管理がもたらす弊害(短期的な利益追求による長期的な競争力・成長の阻害)を克服する業績評価システムとして考案された。その後,Kaplan and Nortonによりさらなる調査・研究の結果として,それら4つの視点間には,企業業績の結果を示す成果指標(あるいは遅行指標)と,将来の成果指標を左右する業績要因指標(ドライバー指標,あるいは先行指標)の関係,さらには「学習と成長」から「内部プロセス」,「顧客」そして「財務」へとつらなる一連の因果関係があると指摘され,戦略を実現する道すじを示す「戦略マップ」として再整理されることとなった。
当初,均衡(バランス)を図るべき対立関係にあると位置づけられたこれら4つの視点が,原因と結果(手段と目的)の関係にあるとは,どういうことなのであろうか。「従業員教育や設備への投資」は将来収益を生むことにつながる(可能性がある)が,短期的には費用のみが計上され期間利益(したがって投下資本利益率;ROI)を低下させてしまう。この会計的認識・測定および評価(意思決定)が,すでに述べた財務・会計偏重型管理の弊害をもたらす原因であった。したがって長期的な競争力の強化・成長をねらうには,財務・会計指標だけではなく,非財務指標を見なければならない,という主張は,会計理論の積極的発展にとっては問題視せねばならないが,論理的な結論であるようにも思われた。
しかしながらバランス・スコアカードが戦略マップへと整理される過程で,均衡させるべき対立関係は,因果関係へと置き換えられることとなった。Norreklitが批判するように,満足のゆく「財務の視点」を達成するうえで「顧客の視点」の目標を達成することは,原因と結果の関係にはなく,場合によってはその必要条件でさえない。両視点の相関関係を示す調査研究もって因果関係の存在を肯定する主張もみられるが,小林はその偶然性を否定しないし,因果関係がそもそも存在することも証明されたわけではないという。
バランス・スコアカードは,対立関係を顕在化し,多元的な業績評価指標を追跡することにより,利害が対立する関係者(およびその要求)の均衡を図るツールである。戦略マップは,これら対立する利害関係者およびその要求を均衡さらには同時に満足させるために,一方(顧客)を他方(株主)の必要条件として戦略実現の道すじを限定することにより,対立関係を均衡させつつ,戦略実現を図ろうとする。しかしKaplan and Nortonが提唱するバランス・スコアカードおよび戦略マップには,これら利害関係者(顧客,投資家,従業員やチーム・組織)の要請と,事業遂行上の要請(アウトプットの産出に必要な活動およびビジネス・プロセスの構築と,それを可能にする経営資源)が混在し,さらなる概念的な整理を要する。
そこで本稿ではバランス・スコアカードの概念的な検討および整理をおこない,試論としてフレームワークを提示した。バランス・スコアカードは今後さまざまな組織体で利用され,戦略の体系的実践に貢献するものと思われる。しかし多種多様な状況で矛盾なく機能する普遍性を獲得するには,さらなる論理的な検討が必要である。
(論文より抜粋)
添付ファイル:




















ログイン
Powered by