業績評価およびバランスド・スコアカード導入の実態調査
(関東学院大学『経済経営研究所年報』第27集 2005年3月 pp.111-130)
はじめに
財務・会計指標に過度に依拠した業績評価・動機づけの問題点が指摘され、会計指標を媒介する経営実体に即した非財務・非会計指標をも包摂した多面的・因果的な業績評価の仕組みの必要性が主張されている。背景には、総合的・抽象的である会計指標による業績評価・動機づけでは、具体的な業務の指針にはなりえないこと、また会計指標を媒介する要因(あるいはドライバー)が非常に多様であるため、ときには倫理を逸脱した行為によってさえその目標達成をうながす危険性をもっていること、といった問題がある。そしてそういった問題に対処するための方策として、バランスド・スコアカード(Balanced Scorecard;以下、BSC)が注目を浴びている。
BSCはRobert S.KaplanとDavid P.Nortonによって1992年に提唱された。BSCの特徴はすでに述べたように、伝統的な財務・会計偏重の業績評価がもたらす問題を克服するべく、非財務・非会計の指標を測定システムに包摂・体系化していることである。具体的には成果指標(遅行指標)といわれる「財務・会計」指標だけでなく、「組織の学習と成長」や、「内部ビジネス・プロセスの改善」、「顧客満足」といった業績要因(先行指標)も併せて業績測定・評価の対象としていることである。そして成果指標とそれら成果の業績要因が相互に因果関係にもとづいて関連づけられていることが、そのほかの戦略的業績評価システムと一線を画す特徴である。提唱者たちは、これにより企業のビジョンおよび戦略と整合性をもった行動を従業員にうながすことが可能となり、多様な関係性のバランスをつうじて、長期的な利益成長を図ることができるという。
すなわち現場業務における行為がいかに経営戦略と整合性を有し(あるいは矛盾し)、いかに企業の長期的な利益に貢献する(あるいは損ないうる)か、ということを現場業務に携わる従業員に理解させ、経営戦略と現場業務とのギャップを解消するための方策として、である。提唱者の主張はこのような消極的なものだけでなく、さらに現場レベルの知識を吸い上げ、戦略の創発を恒常的に生み出す仕組みとしてBSCが有効であるとも主張する。
ただし、そのためにはロワーに自律的に行動できる権限が委譲され、トップとミドル、そしてロワーと言われる階層の人々とのあいだに活発なコミュニケーションが交わされる「場所」が築き上げられている必要がある。それなくしてBSCを導入するだけであれば、BSCはたんに上意下達を効果的に達成するものとして機能するだけでなく、他律的管理の強化につながりかねない。日常業務に追われ、視野狭さくに陥りがちな現場業務に携わる人々に全体的・長期的な視野獲得をうながし、トップからロワーまで企業経営に携わるすべての人々とのあいだに対話をうながすためのツールとしてBSCは機能しなければならない。伝統的なトップやミドル、ロワーの役割はおおきく変わることになることが予想される。
また倫理的な問題については明確には触れられていない。現実的には日本においても粉飾決算や商品の品質偽装販売など過度の会計指標偏重の業績評価がもたらすとみられる弊害も生じている。これらはいわば企業の神経組織を整備するBSCの役割・機能を超えた問題であるかもしれないが、倫理を逸脱した行為を誘発する仕組みとして機能させないことがすくなくとも求められる。
こういった問題は本稿の課題を超えるが、しかし急務の課題である。今回の調査は、最終的にはこういった諸問題にたいして検討する際に不可欠な準備作業の一貫としてなされている。
以下では今回のアンケート調査の概要について述べたうえで、必要に応じて過去になされた同様のアンケート調査の結果をふまえつつ、調査であきらかになったことをまとめ、今後の課題を提示することとしたい。
おわりに
本稿の課題は日本企業における業績評価およびBSC導入状況の実態調査・分析により、重要視される業績評価指標は何か、事業部や部門と従業員とのあいだにみられる相違はなにか、既存の業績評価指標・方法における問題点は何か、そしてBSCにたいする日本企業の態度はどのようなものかをあきらかにすることであった。サンプル数が少なかったこともあり必ずしも所期の目標を達することはできなかったが、おおよその傾向はあきらかになったと思う。残された課題はBSCの意義や問題点の詳細な検討をすすめつつ、また機会を改めて調査を実施したうえであきらかにしたい。
本稿全体をつうじてBSCの理論的な分析や研究については触れてこなかったが、こんにちのBSCブームとも言えるような状況に照らし合わせて、研究するさいに注意しなければならないと考えている点を述べ、本稿の締めくくりとしたい。
BSCは当初たんなる多面的な業績測定・評価の道具として提唱された。財務・会計偏重の業績評価・動機づけがもたらす問題点を克服するため、非財務・非会計指標によって補完することによりその問題を解消することが目的であった。Kaplan and Nortonは「当時、われわれはバランスト・スコアカードを戦略ではなく、業績測定に関わるものと考えていた」と述べている。しかしその後、「バランスド・スコアカードは、一貫した洞察に富む方法で戦略を記述し伝達するためのフレームワークを提供する」とし「戦略マネジメント・システム」の核として位置づけられ、さらに「戦略の実行を管理するためのフレームワークを提供するのみならず、競争、市場、技術といった環境の変化に応じて、戦略自体を進化させることも可能にする」と主張するにいたり、これをしてBSCの進化とされている。すなわち多面的業績評価から戦略マネジメントのフレーム、そして変革のツールへと進化している、というのである。しかしこれには注意が必要である。たしかにBSCの応用範囲は広がり、その役割や機能に当初考えられていたもの以外の要素があったことがあきらかになったのは事実かもしれない。しかし進化あるいは発展というかぎり、重要なのはBSCの応用範囲が広がること(外的環境の変化)によってBSCに内在するどのような矛盾が顕在化し、それがいかに克服されたかということである。さらにBSCの意義を問うにはこれを業績評価マネジメント全体の発展過程のなかで位置づける必要がある。
またBSCがとくに管理会計の研究者らによって提唱されている点についても指摘しておかなければならない。BSC提唱の背景には古くから指摘されてはきたが有効な解答を見いだせない、短期的な利益と長期的な利益の整合性の問題がある。とくに教育・訓練や研究開発などの投資は、その成果が具体的でなかったり、成果が生まれるまでのタイムラグによって短期的な利益には反映されにくく、年次(あるいは四半期など)の短期において投下資本利益率(ROI)で評価する場合には、投資を抑制する動機付けをうながし、結果として長期的な利益の阻害へと結びつく、という問題認識があった。これをたとえば「修得スキル・資格」や「特許出願件数」といった非財務指標でおぎなうことにより、短期的な利益と長期的な利益の整合性を維持するのがBSCのねらいである。しかしこれにも注意が必要である。というのはこの問題は、将来の複数の期間に効果をもたらす資産あるいは資本(ストック)と特定の期間の利益(フロー)とを対応させることからもたらされる会計計算構造上の歪みが原因であるからである。すなわちこの問題は会計における利益計算構造に内在する矛盾が顕在化したものである。この問題の解決を非財務・非会計の指標の補完によって試みることは、当面の矛盾の調和はなしえても、さらなる会計理論の発展には積極的であるとはいえない。
そのほかにも、BSCの本質である多元的な評価指標間の因果関係は客観的・科学的なものでありうるのか、財務・会計指標のスコアカードは他のスコアカードと対等・並列的な関係のものか、といった技術的な問題も多く指摘されている。
アンケート調査による全体傾向のはあくとともに、個別企業への調査をすすめ業績評価マネジメントの理論的な研究およびそのなかで財務・会計が果たす役割について、会計のアイデンティティを見失うことなく研究することが求められる。
(論文より抜粋)




















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